大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3184号 判決 1968年4月30日
原告
井上喜久夫
被告
大阪タクシー株式会社
主文
一、被告は、原告に対し金六五九、一九二円およびこれに対する昭和四二年七月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告のその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用は被告の負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告において、金五二〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一原告の申立
「被告は、原告に対し金八二六、八六七円およびこれに対する昭和四二年七月一日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。」との判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四一年七月二四日午後一時五〇分ごろ
ところ 大阪市東淀川区上新庄町三丁目七四番地先路上(大阪市道、新庄―大和川線)
事故車 営業用普通乗用車(大五き二五三八号)
運転者 訴外東又昭弘
受傷者 原告(第一種原付自転車運転中)
態様 右道路を西より東へ向つて進行していた原告と同方向へ進行していた事故車が接触したため、原告が転倒、負傷した。
二、事故車の運行供用
被告は事故車を所有し自己のタクシー営業のために使用し運行の用に供していた。
三、運転者の使用関係
被告は、訴外東又を運転手として雇用しその業務に従事せしめていた。
四、事業の執行
本件事故当時、訴外東又は被告の営業のために事故車を運転していた。
第三争点
(原告の主張)
一、責任原因
被告は、左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
根拠 自賠法三条、民法七一五条
該当事実 前出第二の一ないし四の事実および左記事実。
運転者の過失
運転者東又は、前記道路を東進中、交通頻繁の折からノルマを上げるため車両の間を縫つて追抜、追越をしてきて同所を東に向い直進していた原告の原付自転車の後部に事故車の前部を追突させ、原告を約九メートル前方に投げ飛ばしたものであり、本件事故は同人の前方不注視無謀運転の過失により発生したものである。なお、原告が事故直前に左折した事実はなく、原告には何らの過失もない。
二、損害の発生
(一) 受傷
(1) 傷害の内容
頭部外傷Ⅱ型、右下腿部打撲傷、両肘両手擦過傷、右環指伸筋腱断裂、左肩関節部打撲症
(2) 治療および期間(昭和・年・月・日)
自四一・七・二四―至四一・一〇・五
(3) 後遺症
右手環指伸筋腱断裂(第四指)、左肩関節部、右遠位撓尺関節部に後遺症あり。
(二) 療養関係費
原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。
退院後の医薬品代 一三、四八〇円
(三) 逸失利益
原告は、本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
有限会社井上嘉材木店勤務
(2) 収入
平均月収四一、七三〇円
(3) 就労可能年数
原告は、その余命の範囲内でなお三一年間は就労可能。
(4) 休業期間(昭和・年・月)
自四一・七・二五―至四一・八・二六のうち一九日間
(5) 労働能力、収入の減少ないし喪失
(イ) 原告の前記右環指筋腱断裂の障害は、労基法施行規則別表第二の身体障害等級表一四級(昭和四二年改正前の自賠法施行規則後遺障害等級表の等級によれば一二級)に該当するので、原告はその労働能力の一〇〇分の五を喪失したものと云い得べく、現実の収入の減少も右割合をこえるものであるから、右就労期間中、原告が少くとも前記事故前の収入の一〇〇分の五の割合による利益を失つたことは明らかである。
(ロ) すなわち、原告の昭和四〇年七月から同四一年六月までの実所得は五七〇、七五〇円であり一ケ月平均額は四九、二二〇円であつたところ、事故のあつた同四一年七月から同四二年一二月までの実所得は八〇一、五九七円であつて一ケ月平均額は四四、五三〇円となつており、その減収率は九・五パーセントを下らず、前記五パーセントをはるかに上廻るものである。
(ハ) しかも、原告は本件事故のため、従前は毎日原付自転車に乗つて行つていた営業活動が殆んど出来なくなり、また、材木をかついでの運搬も肩を痛めているために従来ほどの能率が上らなかつたため、昭和四二年度の昇給をストツプされたのであり(ちなみに、前記井上商店の平均昇給額は七、〇〇〇円)、会社組織となつている前記井上商店としては、原告に対してのみ特別有利に恩恵を与えることは許されないところであるから、原告の右収入面でのハンデイキヤツプは前記就労期間中残されることになる。
(6) 逸失利益額 計四九三、五一七円
(イ) 前記休業による逸失利益額は金三二、四〇三円
(ロ) 前記減収による逸失利益の事故時における現価は、四六一、一一四円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、年毎年金現価率による。但し、円未満切捨)。
四一、七三〇円×五%一〇〇×一二×一八・四二一=四六一、一一四円
(四) 精神的損害(慰謝料)一二三、九二〇円(五八五、〇三四円)
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 原告は前記の如く治療をしたが前記の如き後遺症を残し完全治療は不可能である。
(2) なお、もし、前記減収による逸失利益の損害が認容されない場合には、認容されない限度額を慰謝料として請求する。
すなわち、原告が治療不能の傷害を受けて一生仕事上の不便を感じている精神的打撃は逸失利益額との相関々係において考慮さるべきであり、右逸失利益の認容されない部分は慰謝料額でカバーさるべきである。
(五) 物的損害 計一五、三〇〇円
(1) 原付自転車修理代 四、八〇〇円
(2) 時計代(破損) 九、〇〇〇円
(3) ズボン代(破損) 一、五〇〇円
(六) 弁護士費用 一八〇、〇〇〇円
原告が本訴代理人に支払うべき費用は、着手金六〇、〇〇〇円、謝金一二〇、〇〇〇円合計一八〇、〇〇〇円である。
(被告の主張)
一、被告の無責、免責事由の存在
本件事故は、原告の一方的過失により惹起されたものであつて、被告および事故車の運転者東又には何らの過失もないから、被告には自賠法三条但書の免責事由がある。
(1) 本件事故当時、原告は前記道路の車道左端(進行方向に向つて、以下同じ)から約四・六メートル位センターライン寄りを東に向い直進走行しいわば「区分通行違反」の運行をしていたものであり、その後方を進行していた事故車の運転者東又は、原告の右側には他の自動車が走行しておりかつ原告の左側には約四・六メートルの車道が空いていたので原告の左側を通過してこれを追抜くべく(追越しではない)、歩道寄りに移行して進行したものである。
(2) しかるところ原告が自己の左側方および左後方を確認せずかつ左折ないし左寄りの合図もしないで突然左に折れてきたので、前記東又は急ブレーキをかけると共に衝突を避けるためハンドルを右に切つたが(これが右時点においてとり得る最善の措置であつた)、わずかに及ばず原告の原付自転車の後部に事故車の前部バンバー左寄りが接触したものである。
(3) 右のとおり、本件事故は原告の区分通行違反と左折時の左側後方注意義務ならびに合図義務違反の過失により惹起されたものであるから、被告が責を負うべき理由はない。
二、原告の主張の不当性
(1) 原告にその主張の如き重大な傷害および後遺障害特に伸筋腱断裂等は存しない。
(2) 原告の勤務先である有限会社井上嘉材木店は原告の親兄弟の営むいわゆる個人会社であり、原告の収入等については疑問がある。
三、過失相殺
仮りに、被告に賠償責任があるとしても、本件事故は前記の如く原告の極めて重大な過失により惹起されたものであるから、賠償額の算定にあたつては高率の過失相殺がなさるべきである。
第四証拠 〔略〕
第五争点に対する判断
一、責任原因
被告は、左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
根拠 自賠法三条、民法七一五条
該当事実 前出第二の一ないし四の事実および左記事実
(1) 後掲証拠によれば、本件事故は、原告が前記道路の車道(全幅約二四メートル)の左端より約四・六メートル位中心線寄りのところを東進していたところ、その後方よりこれを追抜くべく時速四〇キロメートル位に加速進行してきた事故車の前部バンバー中央、やや左の部分が原告運転の原付自転車の後部泥除けに追突したために発生したものと認められる。(〔証拠略〕)
(2) ところで、被告は、事故車の運転者東又は原告の左側を通過してこれを追抜くべく進行していたところ、原告が突然ハンドルを左に切り事故車の進路へ入つてきたため本件事故が発生した旨主張するところ、乙三号証の一、三および証人東又の証言の中には、右主張にそう記載ないし供述があり、事故車の乗客であつた証人西谷が事故直前、事故車の前方を何か黒いものが右から左へ斜めに横切つたと思う旨証言していることは一応被告の右主張を裏づけるもののように考えられる。
(3) しかしながら、他面、事故車は原告運転の原付自転車の後部泥除けに追突したものと認められるところ、乙三号証の一や検甲一号証の五によれば、右原付自転車の後部泥除けは後からつかれたように凹でいることが明らかであり、右破損状況からすれば事故車は原告の原付自転車のほぼ真後ないしこれに近いところから、追突したものと推認されるのであるが、もし、前掲乙三号証の一、三ないし証人東又の証言にあるように事故車の右前方直前(乙三号証の一によれば約三・九メートル、右証言によれば一メートル)を走行していた原告が突然左折ないし左寄りに走行して事故車の進路へ入つてきたとすれば、右の如く真後ないしこれに近いところから追突するような状態で事故が発生するものかどうか疑問なきを得ない。
のみならず、前掲堂地証人は、事故前、本件道路を北から南へ横断すべく該道路の北側歩道上、事故地点より約三〇メートル余東の地点で東進車両の進行状況をみていたところ、前示の如く車道左端より約四・六メートル位中心線寄りを走行してくる原告とその右側を進行してくる自動車を認めたが、その後、右自動車の後方附近から進路を左へかえて原告の後方へ進出してくる事故車を認めた直後に本件事故が発生したものであり、原告がハンドルを左へ切つたようには思われない旨証言しており、右証言や乙三号証の二および原告本人の供述と対比し、かつ、前示原告車の破損状況に照らすと、前掲乙三号証の一、三や証人東又および同西谷の証言からはいまだ原告が突然ハンドルを左へ切つて事故車の進路へ進出したものとは断じ難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(4) むしろ、右堂地証人の証言や事故車が原告の真後ないしはこれに近い方向から原告に追突したと推認されることに微すると、事故車の運転者東又は原告の左側を追抜うとするにあたり、予じめ原告の存在ないしこれとの距離を充分確認していなかつたのではないかとの疑念も存するところであるが、その点は措くとしても、同人には次の点において過失を免れないものと云うべきである。すなわち、証人東又の証言によると、同人は原告の左側方僅か五、六〇センチメートル位(成人男子の肩幅位の間隔)のところを通つて原告を追抜こうとしていたことが明らかであるが、時速四〇キロメートル位の速度で、先行する原付自転車を追抜うとする場合、自動車運転者としては、いま少し充分な側方間隔をとつて進行すべきである。そして、もし、同人においていま少し側方間隔を保つよう留意して進行しておれば、たとえ、原告において多少ハンドルを左に切つたとしてもこれとの接触を避け得たものと推認され、事故当時、同人が右の如き措置をとることが不可能であつたことないしはこれにより他の危険を生ずるおそれがあつたとは認められない。
しかるに、同人は、漫然、前記の如き僅かな間隔をとつただけで原告の側方を通過しようとしたのであるから、少くともこの点における過失は免れないものと云うべきである。
二、被告の免責事由
認められない。その理由については右一参照。
三、損害の発生
(一) 受傷
(1) 傷害の内容
頭部外傷第Ⅱ型、左前頭部・右大腿部打撲傷、両肘両手擦過傷、右環指伸筋腱断裂(〔証拠略〕)
(2) 治療および経過(昭和・年・月・日)
自四一・七・二四―至四一・八・三〇
右期間のうち、当初二日間は至誠病院へ入院、その後は同病院へ毎日通院した。
右期間以降は、自宅で薬を使用したり、売薬を服用したりした。(証拠、前同)
(3) 後遺症
右環指伸筋腱断裂、左肩鎖関節部・右遠位撓尺関節部打撲後遺症(軽度の異常可動性あり)。
右手第四指の先を自由に伸ばせない。右手首が弱くなり重量物の運搬等に不便がある。(証拠、前同)
(二) 療養関係費
原告の前記傷害の治療のために要した費用は左のとおり。
退院後の医薬品代 一三、四八〇円
(〔証拠略〕)
(三) 逸失利益
原告は、本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。右算定の根拠は次のとおり。
(1) 職業
原告主張のとおり。(〔証拠略〕)
(2) 収入
原告主張のとおり(月額平均四一、七三〇円)。(証拠、前同)
(3) 就労可能年数
事故当時の年令 三二年
原告は、その余命の範囲内でなお昭和四二年一月以降三〇年間は就労可能。(〔証拠略〕)
(4) 休業期間(昭和・年・月・日)
原告主張のとおり(自四一・七・二五―至四一・八・二六のうち一九日間)(証拠、前出(1)に同じ)
(5) 労働能力、収入の減少ないし喪失
原告はその勤務先において材木の運搬、配達等の仕事に従事していたものであるところ、事故後は、前示の如く右手第四指の先を自由に伸ばせず、右手首をかばうため仕事の能率が事故前に比して低下していることは否定し難い状態にあり、かつ、前示欠勤や能率低下のため、昭和四二年一月には少くとも三、〇〇〇円の昇給を予定されていたのに昇給されず実際の収入面においても現実に不利益を蒙つており、右昇給の遅れが今後回復されるものと認むべき資料は何もないことを考慮すると原告の労働能力の低下に伴う前記就労可能期間中の収入の減少は前示事故前の収入額の五パーセント弱、月額二、〇〇〇円は下らぬものと認めるのが相当である。
(〔証拠略〕)
(6) 逸失利益額 計四六五、一〇六円
(イ) 前記休業による逸失利益は金三二、四〇三円
(ロ) 前記減収による逸失利益の昭和四二年一月(昇給停止の不利益を蒙つた時)における現価は金四三二、七〇三円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、年毎年金現価率による。但し、円未満切捨)を下らぬものと認めるのが相当。
二、〇〇〇円×一二×一八・〇二九三=四三二、七〇三円
(四) 精神的損害(慰謝料) 一二〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実は次のとおり。
(1) 前示傷害の部位、程度と治療経過ならびに前示後遺症の存在。
(2) 原告としては、右手首をかばうため事故前は右肩で運んでいた材木を事故後は左肩で運ぶようにしているが、事故前程の能率があがらず仕事の面で不便を感じていること。
(3) なお、原告は前出逸失利益の損害について認容されないものがあるときは、認容されない限度額については慰謝料として請求すると云うが、慰謝料にいわゆる補完作用を認めるとしても、証拠上認容されない財産的損害がある場合、その損害相当額を当然慰謝料として請求し得るものでないことは多言を要しないところであり、右(1)(2)の事実のほか本件証拠上認められる諸搬の事情を考慮すれば原告に対する慰謝料は前示のとおりと認めるのが相当である。
(五) 物的損害 計一五、三〇〇円
(1) 原付自転車修理代 四、八〇〇円
(2) 時計代(破損) 九、〇〇〇円
(3) ズボン代(破損) 一、五〇〇円
(〔証拠略〕)
(六) 弁護士費用 八〇、〇〇〇円
原告はその主張の如き債務を負担したものと認められるが、本件事案の内容、審理の経過、前記の損害額に照らすと、被告に対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは金八〇、〇〇〇円と認めるのが相当。
(証拠、日本弁護士連合会および大阪弁護士会各報酬規定、弁論の全趣旨)
四、過失相殺
被告は、原告に左折の際の安全確認義務違反、区分通行違反等の過失があつたと主張するが、原告が左折したものと断定し得ないことは前示のとおりである。
また、区分通行違反の点については、前記道路において車両通行帯が設けられていたとは認められないので、この点からは直ちに原告が法令に違反していたとは云い得ないが、元来、自動車および原付自転車にあつては道路の左側に寄つて通行すべきものであり(道交法一八条参照)、前記道路が車道幅員二四メートル、東行車道部分だけでも幅員約一二メートルの直線道路で歩道との区別もなされていたことを考慮すると、原告の如く原付自転車を運転する者としてはいま少し道路左側に寄つて進行するのが至当の措置であつたと云うべきである。少くとも、かかる意味において原告にも責められるべき点なしとしないところ、前出一の事故の態様に関し判示した事情をあわせ考慮すれば、過失相殺により原告の前記損害賠償請求権の一〇〇分の五を減ずるのが相当である。(証拠、前出一に同じ)
第六結論
被告は、原告に対し金六五九、一九二円およびこれに対する昭和四二年七月一日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 上野茂)